Potosi

寒くて目が覚める。
部屋の外も中も気温は似たようなもので、冷蔵庫の中にいるようだ。
7:30に起きて、宿をチェックアウトし、荷物を置いて出る。
9時にSouth Amrican Tourのオフィスに行き、マイクロバスに乗り込む。
他の宿に寄り、フランス人カップルとフランス人男性を乗せる。
彼らにはスペイン語ガイドが付き、私には英語ガイドGenaroが付いた。
まず鉱夫への差し入れとして、コカ葉(Bs5)とソフトドリンク(Bs5)を市場で買う。
作業服、長靴、ヘルメットを着用し、マイクロバスで鉱山に入る。
ポトシ鉱山はかつて国営だったが、鉱夫の待遇改善運動が起き、現在は自治運営されている。
鉱山の中は真っ暗で、ヘッドライトを頼りに歩く。
空気を流すパイプが通っているが、それでも息苦しく、作業場に行くと鉱物の塵と臭いが強烈だ。
階層が上がれば空気は充満し、温度も20~30℃まで上がる。
鉱物の毒素を含んだ臭気もあり、昔はカナリアを飛ばして毒ガスの有無を確認していたという。
鉱夫は仕事別に何種類かに分けられ、最も稼ぎの良い鉱夫でも週Bs300程度の稼ぎだという。
鉱山内は塵がすごく物が食べられないので、鉱夫は仕事前にコカ葉を何時間も噛んでから仕事に入る。
途中ですれ違う鉱夫たちはみんなコカ葉で頬を膨らませている。
植民地時代から何世紀もの間、コカの葉やタバコが精神高揚剤の役割を果たしているのだ。
私は2時間鉱山内にいた程度で気分が悪くなった。
こんな悪環境では絶対に働きたくないが、現在でも数千人単位の鉱夫がここで働いているという。
貴金属の価格が高かった数年前は一万人近く所属していたらしい。
ポトシには他の産業がなく仕事口がないため、多くの人は世襲で代々鉱夫を続けている。
このような世界を垣間見られ、強く印象に残った。
ここを見られただけでもポトシに来た意味がある。

12:00にツアーが終わり、宿で荷物を取って、バス発着所に向かう。
昼のウユニ便は出ておらず、今晩から出られるかもしれないと言われた。
近くの食堂で定食(Bs12)を食べる。
市内まで戻り、インターネットカフェで旅行記をアップする。
17時前にバス発着所に向かう。
ウユニ行きバスが出るかどうかはまだわからないという。
バスターミナルのウユニ行きバスを運行している会社で尋ねると、今日もないと言われる。
今日も道路封鎖が続くかもしれない。
18:15に再びバス発着所に行くと、やはり今日も出ないと言われた。
同じようにウユニ行きバスが出るのを待っている欧米系バックパッカーが何人もいて、複数のバス会社を訪ね回っていた。
19時まで待って状況は変わらないようなので、今晩の宿を探そうと思ったときに、プライベートでウユニ行きをアレンジしようとしている旅行者に誘われた。
デンマーク人が現地のドライバーと交渉している。
しかしそのドライバーは道路封鎖のことを知らなかったようで、交渉は白紙となった。
向こうはもし道路が封鎖されていても通ると言っていたようだが、物理的に石や木で閉鎖されているのだから通るのは無理がある。
アメリカ人Zackとイギリス人Johnが泊まっていたホステルに、デンマーク人女性二人と一緒にタクシーで向かう。
三人部屋が空いており、ZackとJohnと一緒に泊まる(一人Bs40)。
このホステルは欧米系バックパッカーの間では有名なようで、多くの旅行者がいた。
ホステルにいた人と近くのカフェに飲みに行く。
9人くらいで23時過ぎまで話した。
その後もZack、John、イギリス人のAdam、Lizzyと一緒に、バーに飲みにいく。
ボリビアの物価の話から、経済の話まで議論が続いた。
0時を過ぎてからホステルに戻り、就寝する。

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